愛おしき日々

虚無の日々を過ごしています。

谷間の吐瀉物

書くべきことがあるときほど書けない。

誰かに何かを説明したりする文章って、まったくもって腰が重い。自分の気持ちを適切かつ論理的に文章にするのは、本当に苦手だ。

こういう日記みたいな誰かへ宛てたものではない、だらだらとした文章はむしろ好きで書けるんだけどなあ…。

メールやラインの返信とか、自分の気持ちの説明文を書くのがしんどいのは、一重に他人に自分がどう見られるかを気にしているからなんだと思う。

どういう文体で書けばいいのかなあ…。どう書けば伝わるのだろう。そう思って適切な文章が書ければいいのだが、これが書けない。考えれば考えるほど何が正解なのかわからなくなってくるし、もはや自分の頭の出来や語彙力や常識では論理的で適切な文章を書くだなんてことは不可能なんじゃないかとすら思えてくる。

そしてそれは、本当のことなのだろう。自分の今の能力と経験値では、適切で論理的な文章が書けないのにそこをなんとか頑張ろうと無理をしているからしんどいのだ。できるはずだと思い込んで、他人に出来ないと思われたくなくて、理想と現実の狭間で吐きそうになってる。

だって自尊心、傷つくの怖いじゃん…。見下されるの嫌だし、見下してくる人怖いし…。

思えば自分は見下されることを過剰に怖がっている節がある。見下されたくなくて話せなかったり、グループディスカッションの授業をサボったりしていた。集団のなかで意見言うのってすごく怖いし、意見を求められる集団にいるのも怖い。それは自分の発言が品定めされているように感じるから。

まあ、それって自分が他人を品定めして見下しているからなんだろうけどね・・・。

だって、別に意見を品定めして見下してくる人なんていない。そんな人がいたとしても、自分が気づかなければいないのと同じだし。

見下されるのが怖いのは、自分が他人を見下していて、見下すことで自分の位置を定めているから。あの人よりはマシだ、そう思うことで自尊心を慰めている。

いやぁ、なんて矮小で下品な人間なんだろう・・・。

ここから抜け出すには、つまり被害妄想を止めて恐怖心をやわらげるためには、自分が無意識に人を品定めし、見下す癖をなんとか治すしかないんだろうなあ。

いやあ、でもこれは非常に骨が折れることですよ・・・。どうしたらいいのかなあ。

自分は無意識に見下している相手としか仲良く話せない節があるから、良い人だけど(自分にとっては)怖い人とも積極的に話していくようにすればいいのかなあ。うーん、ゆっくりがんばりますか。

あとは、能力に見合った自信をつけることなんだろうな。

これは、地道に能力を上げていく努力しかないですな。ビジネスメール文書をひたすら真似して書いてみるとかしてみるか・・・。

それから、自分の意見がきちんと固まるまで集団や問題に首をつっこまないということも気をつけよう。特に問題には気をつけよう…。結局その場しのぎの意見だから上手く話せなかったり自信が持てなかったりするのだ。ちゃんと自分の意思で首をつっこまないと絶対、けちょんけちょんにやられて自尊心がずたずたになり、後で後悔する。

気をつけるんだぞ、これからの自分。