愛おしき日々

虚無の日々を過ごしています。

灰色のやさしさ

最近は自分が思っていた以上に優しくない人間なんだなと、気づかされることが多々あった。それは正直ショックなことだった。


私は自分勝手で自己中心的で他人に無関心で、道徳観念が薄い。
ある程度気づいてはいたことだが、そのせいで自分の思惑とは裏腹に他人を傷つけてしまったりすると、本当に絶望的な気持ちになる。

自分はこんなに駄目な人間だったのか、今すぐ死んでしまいたい、と思う。

 

いつだって人は人に優しくあるべきなのに。
自分の無分別さや浅薄さが、他人を傷つけてしまったときなんてもう目も当てられない。

申し訳ないしやるせない。さらに、そんな状況でもなお、自分をかばうように言い訳を探してしまうのがみっともなくてしょうがない。

 

人に優しくするというのは、本当に体力がいる。私は常々優しさは強さであると考えているのだが、それは人に(適切に)優しく接するのは非常に体力・精神力を使うと思うからである。
人は(というか自分は)すぐ自分勝手になる。だが、それは努めて気をつけていなければならないのだ。
だがまあ、いくら気をつけても、無意識にしろ意識的にしろ人を傷つけてしまうときはある。
自分は特に、すぐ無意識に人を傷つけてしまう。
それはその都度反省すべきなのではあるが、それはそれとして、というかだからこそ、私は他人に出来るだけ寛容でありたいと思っている。
他人というのはこの場合、己が好ましく思っている、ないし己のことを好ましく思って欲しい人に限ってではあるが、せめてそのような人々に対してはなるべく寛容でありたいと思っている。
傷つけられても自分の傷に気づかないようにしているし、自分は傷つけられて然るべき人間なんだとも思っている。だって、きっとその分人を傷つけてしまっているだろうから。これは当然のむくいなのだ。

 

人はきっと傷つけた分傷つけられてしまうし、傷ついた分傷つけてしまう。
そういうものだと思っている。

 

私はこれからもずっと、おそらく一生、傷つけて傷つけられて、そうやってゆっくり死んでいくのだと思う。

それはひどく辛いことだ。