愛おしき日々

虚無の日々を過ごしています。

善悪と生死

あ~…。文章が書けない…。こういうぐだぐだした文章はいいのだが、説明文とかコラムとか記事とか、そういうのが書けない。

ライターむずいよ~…。

文才も論理的思考もないし、何より集中力がない。やる気もない。すぐネット見ちゃって書けない…。

あー

明日は頑張ります…。

 

ライターさぼって今日は何をしていたのかというと、youtube見てた。本もちょっと読んだけど。

本読んで思ったのは、大半の人間は基本的には善いことをしたいのだな~ということ。いや、自分のやっていることは善いと信じたい、と言ったほうが正しいかな。

だから例えば日本では勤勉なのは善いとされているけど、それは勤勉さそのものが善いのではなくて、勤勉なほうが生存率があがるからなんだよね。

だからまあ、道徳とか倫理観とかにはある程度理由があって、その理由の大半は生存率アップのためなのだろう。

でもそれは裏を返せば、だらけて生きても生存率に影響がない場合には勤勉さは別に善ではないということだ。だらけてても危険じゃない状況で勤勉さを説くのはただの阿保だ。

善悪の基準というものは生死の問題に関わるのだと思う。つまり物事の本質とは関係ない。なぜこれが良いとされて、なぜこれが悪いとされるのか、いちいち考えるのも楽しいなあと思う。

 

懺悔

昨日、初めて大きなデモと集会に参加した。

世の中には理不尽なめにあっている人がこんなにいるのだと、改めて驚かされたよ~…。

常々、世の中は理不尽なものだと思ってはいたけど、私はすぐにあきらめてしまうから、熱の差というものを感じた。

みんな、自分の人生をより良くするため、この世の中を良くしていくために、発言し行動しよう、という熱気にあふれていた。

これはすごいことですよ。

私は本当にすぐ、世の中なんてこんなものかとあきらめてしまうから。

それはある意味予防線でもあるわけです。頑張っても頑張っても世の中がちっとも変わらないなんて、絶望そのものじゃないですか。

絶望したくないから頑張ったりは避けようとしてしまうんだよ。

世の中が変わっていくという希望を持ち続ける強い心が必要なんですよね、活動を続けるには。

自分の思想の根幹にはニヒリズムがあるのだけれど、ニヒリズムなんてまじでへなちょこが持つ思想なわけです。ニヒリズム的世界観は決して間違っていないと思うけど、弱いやつの言い訳でしかないわけです。

確かにこの世は虚無で、生きている理由はないし、人間は欲望によって動いている。

でも、真実は真実でしかなくて、そこに意味を付け加えたりしていくことが文化だななー、と最近考えている。

人間だしね。文化を重んじて、生きる理由や、信じていく希望を、必要に応じて見出していこう。

でも、それってものすごく強大な精神力がいるんだよなー。人生は虚無ではないと信じ切れていれば問題ないのだが、もはやその時点には戻れないし、自分の意志で信じる力を持続させ続けなければならない。

希望がなければ生きていけないけど、希望を信じ続けるのも結構大変だ。なるべく裏切られないものを選ばなければならないし。でも、どんな希望だって絶望に変わる可能性がある。だからもう、腹くくって居直るしかないんだと思う。

生きることも、希望を持つということも。

 

自分はダメな人間だし何度も罪を犯すし、希望を信じ正義を振りかざせるような綺麗な人間ではないのだけれども、まあできる範囲でやっていくしかない。

 

毎日毎日天気が良くて嬉しい。

最近、ミクシィ始めなよといろんな人から勧められるのだけれど、どうしたらいいかわからない。ミクシィ、やったことない…、わからない、勧めてくるなら招待してくれ…。わからない…どういうレスポンスが最適なんだ?

しかし、他人の日記は読みたいけれど、自分の日記は現実の知り合いには見せたくないなあ。見られていると思うと、勝手に自粛しちゃって何も書けなくなりそうだし。現にツイッターリアルアカウントがそうだし。

何をつぶやけばいいかわからないんだよ。オタクアカウントとかではべらべら呟いているのにね。

ここでも最近結構書いている。誰も見ていないだろうから気楽だ。少なくとも知り合いは見ていないだろう。まあ、ネットに公開しているのだし、誰が見てるかわからないけど。

 

しかしまあ、相変わらず何も書けていない。くだらない日記くらいしか書いていない。えーん。昨日はストロングゼロを2缶飲んですぐ寝た。

ストロングゼロは退廃の味

今日も一日虚無を過ごしていた。いつもよりはいくらか活動的だったけれど、まだまだ怠け者である。

今は無性にビールが飲みたくなっている。ビール飲みたいよー…。でも、日中は家に居なければならないので、買いに行くことできない。夜になったら買いに行こう。でも、ビールは高いし、チューハイだな。ストロングゼロだな。

ストロングゼロは最高。特別おいしいわけじゃないけど、飲みがたいほどまずいわけでもない。過度に甘くて、ベタベタと人工的な味がする。退廃的な味だ。経済状況が悪化し、自然災害が増え、末法の世を彷彿とさせる現在。退廃と恐怖そして混乱が生み出す甘美な世界には、酒の存在が欠かせない。現代を舞台とした退廃にはストロングゼロが欠かせないということだ。

ストロングゼロ文学というものが流行ったくらいだし。そういう意味でも好きなのだ。だから、ただまずいからといってストロングゼロをバカにする人たちにはあまり共感ができない。この体をむしばむ甘味とアルコールを人々が中毒のように接種し続ける、そういう風景が好きなのだ。

あーストロングゼロが飲みたいよー。私のおすすめは桃味です。

舞台少女

たまに行っていたバイト先の工場がなくなってしまい、途方に暮れている。

同じ会社の別の工場が少し離れたところにあるから、そこに行けば良いのだけど、なにせ少し離れている。

車を持っていない私にとって、田舎の「少し遠い」は絶望的だ。まあ行けないことはないのだけれど、定期的に行くには遠いな。

ということで今週はバイトお休み。来週からまた週に一回か二回、がんばります。

しかし、バイトをしなければ生活費がない。今月はちょっと頑張ったからまあ半月は休めるとしても、だ。

ということで、在宅ライター再開です。

クラウドワークスにて応募完了。自分はかなり意志が弱く怠け者なので、きちんと続けられるか心配だけど、まぁやるだけやってみよう。

 

話変わって。

昨日からスタリラにハマっています。「少女歌劇スタァライトレヴュー Re:LIVE」です。

このゲームすごく面白いですよ!ゲームが糞ほど苦手な自分もストレスなく楽しめている。

あと、自分(プレイヤー)と登場人物との交流を進めるのではなく、少女同士の交流や関係性を見守る形なのがとてもグッドです!

自分は乙女ゲとかギャルゲとか夢小説とか、めちゃくちゃ苦手なので本当に助かる。別に乙女ゲもギャルゲも夢も嫌いなわけではないのだが、なんかこっぱずかしくてハマれないのだ。

しかし、スタリラは良質な百合ゲーと称されるほどプレイヤーのことをガン無視してくるのでその心配は一切なし。最高。

 

思えば、アニメもそうだった。登場人物は少女のみ。唯一の大人としては、女性の先生が出てくるが、男性は一切出てこない。この世界には男性は存在していないかのようだ。そして、登場人物の誰一人、男性の視線を意識していない(ように見える)。

少女は少女に恋をし(この世界には少女しか存在しないから、それはつまり人間に恋をするのと同義だ。つまり普通のことなのだ。)、少女に執着し、少女に嫉妬し、少女を助け、少女に救われる。

差別も区別もなく、関係性はフラットなところから出発する。

 

ときどき、こういうことは異性間では起こりえないのだろうかと考える。

それはつまり、自分自身が非常に男性を意識してしまっているからだ。私は男性を、時に嫌悪し、時に委縮し、時に見下し、時に羨望している。男性であるというだけで。

これは決して良いことではない。もっとフラットに人間同士として関係性を築いていきたい。舞台少女たちのように。

萌えは体を焼き尽くす

昨日から、何か書きたいな~と思っている。何について書こうかな?

小説とか書きたいような気もするし、何かについて記事みたいな文章を書きたいような気もする。

思えば、一番最初に小説を書こうと思ったのは小学5年生のときだった。そのころ、家にパソコンが導入され、私は日々ネットサーフィンをして遊んでいた。

主に好きな漫画のファンサイトを巡っていたような気がする。記憶がおぼろげだ。何を見ていたんだろう…。

パソコンを手に入れた私はメモ帳機能で小説を書こうと思いいたった。なんか、魔法少女ものだったような気がする。三人の魔法少女が夜な夜な魔物を退治する、みたいな…。すごく頑張って設定とかいろいろ考えていたけど、結局序盤で飽きてそのまま放置してしまったけれど。

そのあとは長らく文章を書くことから遠ざかってしまった。書いたのは読書感想文とか作文くらいか…。それもあまり楽しかった記憶はない。それほど苦痛だったわけでもないのだけど。

漫画を描こうと思ったこともあるけれど、なぜかうんともすんとも描けなかった。イラストに凝った時期もあったけど、結局すべて落書きどまりで、まともなものは描きあげられなかったし、上達もしなかった。

創作に関することはすべて中途半端でやめてしまって、上達もせず、完成もせず、今に至る。

自分は創作者にはなれないのだと、何度も何度も思った。別に、稚拙なものでも好きなら作り続ければいいのだけれど、まわりには面白い創作物がたくさんあって、わざわざ自分が作らなくてもいっか~と思っていたのだ。

私の学生時代は二次創作のファンサイトとピクシブとともにある。

毎日毎日、飽きずに見続けた。同人誌もたくさん買った。萌えによる興奮はとても強烈で、私の脳は何度も焼ききれそうになった。

いや、焼ききれそうなほどの萌えを探すのに膨大な時間を費やしていたと言ったほうがいい。ほとんど中毒だ。だって、強烈な萌えは本当に体の奥底が熱を帯びて汗をかき、心臓がどくどく高鳴るから。

最近はそんな作品に巡り合うことも少なったこともあり、自分で作り出したいなあと思っている。

小説なんてろくに書いたこともないのだけど、まあ気楽に何か書いてみようかな。

愛ですよっ愛

久々に精神が無理になってきたので文章を書く気力が出てきました。

昨日は一日寝て過ごし、今日もだいたいそんな感じ。

ごはんだけはしっかりと食べて、豚みたいです。

なんでこんなにぼんやりしちゃうのかなあ。

 

単純に季節の変わり目だからかもしれません。そして、生理前だからかも。

朝晩が急に寒くなったから体が追い付いていないのかも。

 

寂しい気持ちを持て余しています。何も寂しいことなんてないのに。

空腹感が収まりません。たくさんご飯は食べているはずなのに。

 

今日は洗濯をして、ごはんを食べ、レヴュースタァライトを見ていました。このアニメ、すごいです。少女たちのどでかい感情がぶつかりあう。時に優しく、時に傷つけあいながら。でも肝心なところで必ず他者を受け入れる。恋心、憧憬、執着、そして無償の愛。そうです。このアニメ、愛で満ちている。愛ですよ…愛…。すごいことだよ…。

この現代社会、愛さえあればだいたいなんでも大丈夫なのですよ。ただし、エロスではなくアガペーのほうだけど。

 

私とあの子は少し離れて暮らしている。それは、なぜだろうとたまに少し考える。一緒に暮らすことだって、近くに住むことだってできる。同じ学校に通うことだってできたのに、私はそれをしなかった。彼女もそうだ。

あの時、彼女が転校しなかったらどうなっていたんだろう。いや。結局同じことになるだろうな。多分。考えても無駄だ。

要するに愛にはいろんな形があるってことですよ。(ふーん)