なんにもないよ

虚無感がすごい

わいがBLに魅かれる理由10選

私はもう小学校5年生からゴリゴリの腐女子で、ホモは生活の一部であり、腐女子であることが自己のアイデンティティにまで食い込んでいるタイプの者です。

BLを読み、萌えを感じている時以上の胸の高鳴りを知らないし、萌えてる時が一番「生きてる…!!!!!」って感じる。

時間は、己の性癖にマッチした萌えをより多く感じるために費やすものだと思う。人生はそのために存在しているんじゃないのか?いや、マジで。

 

でも、実際、人間はそんな人たちばかりじゃない。当たり前だけど、いろんな価値観をもって様々に人生を定義づけている。すごい。

そこで、思った。なぜ私はそんなにまでBLに比重を置いているのか。BLのどこに、そんなに魅力を感じているのか。BLはこちらの感情をとてつもなく揺さぶってくる。なんでだ。

 

わいがBLに魅かれる理由

・女より男のほうが感情移入しやすい。
・自分は恋愛において、少女マンガのヒロインよりBL漫画の受けのほうにより共感できる。
・異性がいるという環境に違和感。
・男がきらい。しかし、男しかいない世界ならば特段意識しなくて済むので大丈夫。
・男は多少ぞんざいに扱っても罪悪感が芽生えない。
・男にガチで恋することはないが男は見たい。二次元や既につがいをもっている男なら安心してじろじろ見られる。
・女は視線にさらされる性別であるが、私はそれが嫌だ。私も男をじろじろ眺めたい。高みの見物がしたい。

 

まあ、端的に言うと、男性嫌悪で、自分の中の女性性が憎いのだ。

性別というステージの一段上にのぼりそこから、周りを見下したいと思っているだけなのだ。

私は自分の中の「女」が男に食われるのが嫌だし、値踏みされたくない。誰も見るな、って感じなのだ。でも、見られることは止められないし、正直、見たいという感情もわかるのだ。自分にもあるから。だからこそ、私はBLを読むことで男に視線を投げかける、じろじろ見て、値踏みするのだ。そして、ぐちゃぐちゃもちゃもちゃ食べてるのだ。うわー、キモ。

 

 

 

追伸

私は、絶対無敵の完璧ヒロイン(CLAMP種村有菜のヒロインなど)は大好きなのだが、平凡でとりえもないが、なぜかモテてしまうヒロインが苦手なのだ。根拠もないのに愛されているさまは見ていてイライラする。

それは何も異性愛に限らず、同性愛もそうである。BLでも「何のとりえもないが何故かモテてしまうヒロイン」受けは嫌いである。

 

ふわふわして立ってられない

なんだかひどい気分だ。

毒親に別れを告げるのは気力と体力がいる。胃がぐるぐる渦巻いて気分が重い。相手の考えていることがわからない。違う生き物みたいで怖い。泣いたら負けなのに、それほど深く傷ついたわけでもないのに、涙が止まらない。図太く、鈍く、なるべく何も感じないようにしてたのに、むしろそれは逆効果だったみたいだ。ちょっとくらい痛くても、傷を恐れないことで皮膚を厚くしておくべきだったんだ。後悔ばかりが浮かんでは消える。

 

無意識に人を傷つけてしまった。いや本当は意識的にそうしたのかもしれない。なんだかいらいらして、でもそれを必死に押さえ込んで、あたりさわりなくへらへら笑うんだけど、節々に相手を見下すような言葉を挟んでしまった。相手の好きなものを嫌いだ、理解できない、気持ち悪いと、直接的に言わなくても、そういう感じをにじませてしまった。ごめんなさい。他人の好きなものを否定することより最低なことはない。本当に人間として最低だ。嫌な感情は自分のなかで上手く消化するか、そうでなければ発散する相手を慎重に選ばなければならない。

 

 

もうずっと、うっすら死にたくて、でも死ぬのは怖いからずるずると先延ばしして生きてきた。私は現実逃避とか、臭いものに蓋をしたり、見てみぬふりをするのが得意だから。でも生きるってそういうことじゃないのか?未来を目指して、走って走って走りぬけた先には墓しかないわけだし。死をなるべく見ないようにして、ずるずるぐだぐだ生きていくことしかできない。一寸先は闇だし、目前の快楽にしか価値はないように見える。

でも、この考えってあまり共感を得られないみたいだ。確かに中二臭いのはわかるけど・・・。目前の快楽にしか価値はない、っていうのはさすがに真実ではないのだろう。でも、少なくとも結局のところ最後は死ぬっていうのは本当でしょう。それを踏まえると、一体何が大事なのかさっぱりわからない。結局死ぬって思ったら何もかも、それほど価値があるようには思えない。墓には何も持っていけないのだから。

 

わからないことが多すぎる。何もかも、意味がわからない。みんな何を言っているんだ?はっきり聞こえない。靄がひどくて。

これは夢なんじゃないか?ここから飛び降りて、地面に叩きつけられて、身体中ぐちゃぐちゃになってはじめて目が覚めるんじゃないか?

この妙な浮遊感はなんなんだ。こんなふわふわしたものが本当に現実なのか。死にたい。みんなどういう感覚で生きているんだよ。教えてくれよ。

どこもかしこも

なんだか、どこもかしこも窮屈だ。人間、一人でいたら寂しいけど、群れたってろくなことにはならない。

狭い囲いの中でぐるぐるどろどろ渦巻いて、顔色うかがって足を引っ張って喜んだり悲しんだりしてる。ばっかみたい。

 

みんな自分の欲望ばっかり。他人のわがまま迷惑もちょっとは許容しなよ。狭い心は自分の首がしまる結果にしかならないんだから。結局、許すことでしか許されないと思うよ。人間は。

愛すことでしか愛されないし、優しくすることでしか優しくはされない。

愛し方、優しくする方法、許し方が、はなからわからないっていうのだったら、かわいそうだけど。

いや、軽蔑してるわけではないよ。自分も優しくするってどうしたらいいんだ…って思うことあるし。ただ、努めて寛容であるべきなんじゃないかとは思う。自分にも、他人にも。大抵のことは自分の力では及ばない、どうしようもないことなのだから、心を落ち着かせることが最適なんじゃないかと思う。

 

それが出来ない、それを良しと考えることができないって人ももちろんいるし、それは、私にとっては迷惑で恐ろしい人だけど、いなくなるべきだとは思わない。それはそれで、しょうがないんだろう。自分にはどうしようもできないし。結局、人が他人を矯正することは不可能だと思うし。他人の言葉に感銘を受け、考えが変わったり己を律するのは、その人にそれを受け入れる素養があったからに過ぎないのだと思う。誰もが感銘を受ける、そんな正しさなんて存在しない。人間ごときを唸らせひれ伏せさせる存在が無いなんて、人間が「我々は高等だから、そんな単純にひれ伏したりしないし、ひとまとめにできないのだ」って頭にのるだけだと思うけど、むしろ善悪や正義、それを伝える言葉や思想は全て人間が生み出したものなのだから、欠陥があるに決まってるのだ。欠陥品に人がひれ伏したりするわけないだろう。

 

正義も悪も、どの視点に立って捉えるかで変わってくるし、客観的に見て正しいものなんて、なに一つないんだろうと思う。

この町の人たちには思いやりがないんじゃないかと思ってしまったけど、それも何を思いやりとするかとか、どの立場に立って感じ取るかで変わってくるもんね。

ただ、私は思いやりがないと感じたし、もしこの状態をベストだと思ってるのなら、そりゃもう軽蔑するし同情するよ。

かわいそうだよ。そんなところで、そんなものに囚われて、憎しみと欲望にまみれて死ぬなんて。

あなた方と関わる時、私は出来る限り心を無にして振り回されないように気をつけます。

あなた方もどうか、幸せになるよう願っています。

 

2017/09/06

イスをカラフルに塗った。可愛くなった。

教訓: スプレーよりペンキの方が扱いやすいしお得。

 

日記

2017/09/04

祖父母宅へ。ひさびさに妹と会った。

久しぶりすぎるので普通にしゃべれるか不安だったが、思ったより楽しくしゃべれた。よかった。

私はしっかりした年下には甘えやすいみたいだ。かなりリラックスできる。逆に年上は緊張する。うまく甘えられない。

 

2017/09/05

ダムにいった。ダムの成り立ちは結構血生臭く、多くの人の反対と努力と権威が絡んでいて興味深かった。

ダムを好きという人の気持ちがいまいちよくわからなかったのだが、なんとなくわかるような気がした。

昼は海鮮丼を食べた。

その後一人暮らしのアパートへと帰った。出発したのは15時くらいだったが、着いたのは21時になった。

快速じゃなくて間違って各駅停車の電車に乗ってしまったので遅くなったのだ。

ずっと移動で疲れてしまった。

教訓: 電車には慌てず、時間と種類を確認してから乗ろう。

クソババア

うちの祖母は意地が悪い。

自分は少食のくせに、食べ物をいっぱい買って来て「〇〇ちゃんのためにいっぱい買って来たからねぇ。食べてもらわなきゃ困るねぇ」って言うのだ。

食べ物をいっぱい用意すること自体は、おもてなしという優しさだと思うが、こちらはお腹いっぱいなのに「食べてもらわなきゃ困る」と脅されたのではムカついてしまう。

その優しさ、優しさじゃなくて全部あんたの自己満足じゃねぇか。

 

私が苦手な食べ物を残すと、「それ美味しいんだよ。食べてごらん」と言う。あなたみたいな偏食家に言われたくない。

何回か食べてみて、なお苦手だというのに。

だったら、そのことを言えばいいのにと思うかもしれないが、祖母はそんな言い訳なんて聞いてくれないのだ。「俺の酒が飲めないっていうのか!?」ということなのだ。

 

祖母は意地が悪く、自己中心的だが、しかしその自覚は一切なく、祖母は自分のことを純粋に優しく良いおばあちゃんだと思っている。祖母が悪いおばあちゃんなのではなく、私が思い通りに喜ばない、可愛げのない、悪い孫なのだ。

2017/09/02

今日は実家に帰省した。 

お母さんは私に無関心なのかと疑ってたけど、そんなことなくて、実際はめちゃくちゃ私に甘いだけだった。

きつく叱らない、無理に強制しない、お節介を焼かない、というのは私が嫌な思いをしないためだったんだ。

ひどく回りくどくて、人をダメにする甘やかし方だな…。

お母さんの愛は、不器用で分かりづらいくせにベタベタに甘ったるくて、こんなんじゃ子どもはダメになるに決まってる…。

現に、この家にいるとぐるぐると陰鬱で中身のないことしか考えられなくなる。しかも全て脳内をから滑る…。

無力感で死にそうになる。

 

でも、そんなお母さんが愛おしくて、可愛らしいし、私はちゃんと愛されてるっていうのがわかって嬉しかった。

実家に来てよかったと思う。ただ、もうすでに帰りたいけど。